美学(Aesthetics)

淡海の海 夕浪千鳥 汝が鳴けば 心もしのに   いにしへ思ほゆ
    
 柿本朝臣人麿                    

 反美学、あるいは美学批判。
    「第三批判書ノ批判」1989 長谷川 有
       

                                                         


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     日本を美学する。

淡海の海夕浪千鳥汝が鳴けば  心もしのにいにしへ思ほゆ

「この一首さえあれば、日本はもう沈んで無くなっても良いじゃないか」といったのは、たしか新感覚派の横光利一だったか。
自分たちのことば、詩的言語、韻文は、時に、分析的な美学では掬いきれない時間とか、身体の深い底からの感動をわたしたちへ与えてくれることがある。もともと、わたしたちのことばに内在するロゴスを離れては、深い感動はおろか、他国の文化や、自国文化の理解にいたるまで困難になるのはあきらかだ。中印の古典哲学、ヘーゲルやカント、ハイデッガーなどドイツロマン派の美学の流れ、あるいはギリシャクラシック美学も大切だが、先づ、我々の先人のものにした古典や、いま普段につかっている生の言葉に聴き入り、ことばを深めて、そこから、権力的にならず、ソフィストにならず、わたしたちの具体的な身体・言語ルールに基づいた自然な美の学を、科学を哲学を立ち上げたいと願ってやまない。結果、そのことのみが多様な言語文化のなか、互いに相対化されれば、どんな世界もローカル文化のひとつにすぎなくなるとはいへ、等身大かつ、独自の立場の許での相互理解を深めていくことになると信ずる。所詮グローバルな世界標準美学のようなものは、面積を持たない点のごとく、具体的な身体性が欠如しており、そこは、誰もすむことのできない虚構の抽象世界でしかないはずだ。

左記に、美学世界の基礎的な流れを列記しておく。参考におさえておきたい。       歌座 美学研究所


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  「美学概念について」

 美学とはそれを構想したバウムガルテンにとっては、理性に準ずる二級の認識能力としての「感性」の学であった。一八世紀における哲学的認識論の枠組みに内属している文化的構築物であった。
したがって、それは「美とは何か?」という
  −−たとえば古代ギリシア哲学が立てたような−−問いとは関係がない。

○単に「美しい」、あるいは「不快」の「美的判断」一般とは何か、
つまりは認識において感性がどのような役割を果たしているか?
というような問いに答えようとしているだけなのである。
○現在普通に「美学」と呼ばれているのは、感覚器官を対象とした「認知科学」とは別の、
もっぱら「芸術」や「文学」と呼ばれている文化領域に関わる知的活動のことである。
このような知的活動の創始者はロマン主義者やヘーゲルであった。同時に、この美学の誕生こそが
「芸術」や「文学」という文化的構築物とその制度を作り出したものである。
つまり、技芸一般から区別される形での「芸術」(the Art)や「文学」(Literature)という概念自体がこの頃発明されたのである。
○つまり、まとめるとこういうことになる。「美学」とはまず徹頭徹尾「近代」が生み出した文化的構築物である。それは最初は感性的認識に関わる学<美学・>であり、次には芸術や文学の本質規定に関わる学<美学・>であった。
このタイプの美学は「芸術とは○○である」という命題を立てようとするのが特徴である。
○日本では
一般に、「美学」は、「審美学」というその前身の翻訳語や漢字の組み合わせが与える印象によって、「美の探究」、「美とは何かを問う学」であると考えられている。だが、述べてきたように、それはかなり大きな間違いである。「真」や「善」と並ぶ理念としての「美」の本質について問いかけてきたのは古代や中世の哲学だけであり、近代哲学の中に現れた「美学」は、認識論の一部であるか、あるいは初めから囲いこまれた精神の特殊な活動領域としての「芸術」に関する理論にすぎない。
○現状
 そして、そのような意味での「美学」は、いずれも現代ではほとんど役に立たないものになってきている。それも当然である。なぜなら、一方では思考の認識論的枠組みは有効ではなくなっているし、他方では「芸術」という枠組みもまたほとんど無効なものになってきているからである。
○大きく二つの美学の考え方
芸術ないしは美学(<美学・>)に対する考え方には大きく分けて次の二つが考えられるだろう。
A:芸術や文学は人類の超歴史的で普遍的な営みである。人間は洞窟壁画や神話の時代からアートを作り出してきた。したがって、美学の課題は何も変化していない。時代や地域を越えた普遍的な美や芸術についての認識の重要性はいささかも変わっていない。
B:芸術や文学とは歴史的、社会的な構成物である。とりわけ、それは西洋近代というローカルな文明の産物であり、それらには何か固定した本質のようなものがあるわけではなく、文化の構成の中で特定の役割が振り当てられているだけにすぎない。
 という二つである。
○問題
二〇世紀末の現在において、少なくともAのような立場を純粋に信じることはひどく難しい。Bが表明しているように、「芸術」は歴史的に、そして文化的に相対化されてしまっているからである。「芸術」を「対象」として措定する美学(<美学・>)とは、ヨーロッパのローカルな「近代美学」のことに他ならず、それを批判し、解体することはできても、その問題設定をそのまま継承することなどはできないのだ。
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 研究作業メモ
[1990 WTC BEFOR911 in N.Y. 有 ] 構造メモ制作提示。
潜水艦を瀬戸内海で曳く。人工統覚サーバーの導入。
  もうひとつのジブン。ベクトルの創造。
  「熊本から松山へ」似た感覚。 その知覚構造をつまびらかにすること。
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○簡単に復習
芸術は、もともと「芸術でないもの」との間に境界線を引くことによって生み出されてきた。
このようにしてねつ造された虚構としての芸術は、しかしながら単なる虚構ではなく、社会の全体的な連関の中である重要な役割を果たしながら、近代のシステムを作り出してきた。 
▼「芸術」はまず「自律的」な価値領域として設定された。言い換えれば実用的な目的−手段連関には含まれない自己−目的的な独自の領域として、他の活動領域から切り離されると共に、工芸、装飾、娯楽といった隣接領域からも切り離されることになったのである。
そのことによって芸術は独特の媒介/融和機能を与えられたり、かつて宗教が果たしていた役割を引き継いだり、あるいは純粋な否定性として社会の矛盾を媒介し、歴史を前進させる機能をもつようにもなった。
「重要なことは」、これらの働きがあらかじめ「芸術」という領域の本質の中に含まれていたわけではないことである。むしろ、システムによってそれらの機能を割り振られた領域が「芸術」と呼ばれるようになったということなのだ。
したがって、それは「近代」というシステムと不可分のものとなった。
 その結果として、芸術や文学はほとんど「文化」それ自体と同一視されるまでになった。それは人類がこれまで生み出してきた最良の精神的達成の財産目録と考えられるようになったのだ。そのようにして、芸術とそれを取り囲む制度(美術館、図書館、ライブラリ、芸術ジャーナリズム、批評家、研究者、教育制度、等々)などが拡張され、西欧近代の展開と共に世界中に広がっていった。
▼このような芸術(近代芸術)の内実は、現在ではほとんど空虚なものとなってきている。
・六〇年代におけるモダニズムの終焉によって、
・他方では文化相対主義やポストモダン状況の進展によって、
「芸術」とそれを支えてきた自律美学は内からと外からの両方によって解体されてきた。それは歴史的/文化的に相対化され、「芸術と非芸術との境界線はどんどん切り崩された」のである。
▼芸術のハイブリッド化
美術館の壁は街角、広告塔、実験室、工場、コンピュータ・ネットワーク、第三世界村落などと融合し始めた。
これらの現象は
・最初にダダやポップアートがポップカルチャーと芸術の境界線を攪乱し、
・八〇年代にはポストモダニズムが線的な美術史を破壊し、
・政治や思想と結びついたメッセージアートが復活し、
・民芸や工芸と融合したアジアやアフリカ諸国のアートに注目が集まるようになった。
・そして、メディアアートは同一の語源を持ちながらも根源的に対立するものと考えられていた
「テクノロジー」と「アート」を融合させた。
▼「何でもあり」の状態
もはや、芸術にはメインストリームは存在しない。そこには方向を欠いた無数の小さな支流が蜘蛛の巣のように張り巡らされた巨大なデルタ地帯が広がっているだけだ。しかも、河以外の別の源からも自由に水路を引いてくることだってできる−−そういう状態なのである。
 この「何でもあり」の状態
▼この「何でもあり」の状態をポジティヴに捉えることもできるだろう。
漫画も洞窟壁画も大衆雑誌のグラビアも装飾されたカヌーも引用まみれの現代美術も、そこではすべてが共存できるのだ。一枚のCDにモーツァルトと民謡とアニメ主題歌が混じり合っているようなものである。
▼ポストモダン社会におけるアートとは
同時にそれらは「美術館」に配置されることによって、それら本来が持っていた文脈や状況から切り離されて無害化されてしまうことになる。そこではただ単にインパクトの強さだけが求められ、消費社会向けの目新しく刺激的な話題の提供者にすぎなくなってしまう可能性が大だ。ポストモダン社会におけるアートとはそのようなものにほかならない。
▼皮肉にも資本主義の展開は、アートの「純血」性に巨大な経済的価値を与えるようになってきている。現実のアートのこのような「雑種」状態は、こうして与えられた「純血」性と不思議なことに矛盾しないのだ。なぜなら、メジャーな美術館に並べられ、美術ジャーナリズムがもてはやすものならば、それらはいずれも正統な「アート」として登録されるからである。かくして、美術館や画廊の数はどんどん増大し、「正史」に登録された有名作家の作品は高額で取り引きされることになる。芸術を取り巻く制度的環境(アーサ?[・ダントーが「アートワールド」と名付けたもの)だけが、ますます巨大でグローバルなものとなり、地球規模の「美術市場」を形成しつつあるのだ。
▼現在の多元化、多様化して増大する表現活動は、未知のコミュニケーション空間を作り出しつつある。
だが、たとえ「アートワールド」こそが「芸術」の神話を作り上げてきたものだとしても、現在のますます増大する表現活動の多元化、多様化にはそぐわないだろう。人間のポイエーシス(制作活動)の領域はますます拡張され、それは絵を描いたり、文章を綴ったりすることばかりではなく、写真を撮り、ビデオを編集し、コンピュータを用いてCGや音楽を作り出すことにまで広がってきている。写真はヴィジュアル・カルチャーを生み出し、録音術や映画やテレビは巨大なエンターテイメント産業を生み出し、コンピュータ・カルチャーは、マスコミのような一点集中型ではなく、誰もが情報の発信者となれるような未知のコミュニケーション空間を作り出しつつある。
▼「ポスト写真時代のポイエーシス」
伊藤俊治は『電子美術論』(NTT出版)の中で、こうした状況を「ポスト写真時代のアート」という言い方で捉えている。だが、真に問われるべきなのは「ポスト写真時代のポイエーシス」なのである。写真に代表されるテクノロジーの登場によって、人間の制作活動を支える状況と制作活動それ自体のあり方はさらに大きく変容しているのだ。この場合の制作とは、都市建築やコンピュータ工学、生命工学、宇宙工学などの作り出すもの(すなわち従来「文化」と区別されて「文明」と呼ばれてきたもの)をも含んでいる。
▼「口実としてのアート」制作活動は社会的文脈に位置づけるための「口実」のひとつ。
こうした時代において「芸術」とは、何らかの制作活動を社会的文脈に位置づけるための「口実」のひとつにすぎない。人は自らが置かれている状況によって、あるいはポップカルチャーを、あるいは商品ディスプレイを、あるいはミュージック・クリップを、あるいはアニメーションを、あるいはコンピュータ・プログラムを制作する。ある制作物が新しい表現の可能性を作り出しているかどうかは、それがどの「口実」の下に作られたかということによっては左右されない。それを左右するのは、そこでのポイエーシスそれ自体の質であり、またそれがどのような言説の中に接合され、流通していくかということなのである。
念のためにつけ加えておくと、「口実としてのアート」という言い方で、私はアートの可能性を否定したり、軽く見ているわけではない。「芸術」や「文学」という「強い」口実によって、数多くの歴史上類を見ない優れた制作活動が行われてきた事実は否定できないし、個人的にも私はモダニズム以降のアートや文学が「好き」である。したがって、「口実」というのはけっしてネガティヴな捉え方をしているわけではない。ただ、他にもポイエーシスにはさまざまな「口実」が存在するし、アートという口実だけを特権視することはやめようと言っているだけなのだ。むしろ、その強力な磁場を抜け出した別の場所にこそ、新しいポイエーシスの可能性が生まれるかもしれないと期待しているのである。
▼新しいポイエーシスの可能性と、美学への期待。それは、従来の美学や芸術学は権力構造の一部として機能していたことへの反−美学、あるいは美学批判とならなくてはならない。
 そのポイエーシスに関わる言説領域としての美学や批評・理論的言説の役割はきわめて重要。
現在におけるさまざまなポイエーシスの抱える可能性と限界を明確に意識化していくものでなければならない。
それは、芸術的であれ商業的であれ、あるいは政治的であれ工学的であれ、現在におけるさまざまなポイエーシスの抱える可能性と限界を明確に意識化していくものでなければならない。
 少なくともそれは、いわゆるアートや文学にのみ関わるものであってはならない。なぜなら、これまで見てきたように、アートや文学とは何よりも文化制度であり、それは現代世界において特定の権力の場を形成している。従来の美学や芸術学はそのような権力構造の一部として機能していたのである。
 したがって、新しい美学は反−美学、あるいは美学批判とならなくてはならない。ある特権的な領域を囲い込むことの政治性に対しても敏感でなければならない。従来の美術史や美学に含まれる不可視のイデオロギーや政治的立場を告発するジェンダー・クリティシズムやポストコロニアリズムもそうしたものの一つと考えられる。
▼さらに。
それだけではまだ充分ではないだろう。従来の美学が見過ごしてきたポイエーシスの新しく多様な領域にも目を向けて行かなくてはならない。コンピュータ工学やバイオテクノロジー、ナノテクノロジーといったテクノロジーの新しい制作活動にも目を向けて行かなくてはならないし、写真、映画、録音術、無線、テレビ、ビデオ、コンピュータなどといった新しいメディア・テクノロジー(V・フルッサーが言うところの「神経系のシミュレーションとしてのテクノロジー)が作り出した新しい社会構成や新しい支配の形態とそこから逃れていく自由の可能性についても考えていかなくてはならない。
▼新しい美学
ここでは、一時的に<美学I>に戻ってみることも役に立つかもしれない。冒頭に述べたように<美学I>とは元々「美についての学」ではなく、「感性的認識の学」であった。古典的な意味での美について問うことはもはや無意味だとしても、現在の文化状況においてさまざまな形で現出している「感性的」なものの領域を、「芸術」とか「文学」とかいった枠組みを一度離れて−−あるいは括弧に入れて−−考えてみるのは、必ずしも悪いことではないかもしれない。W・ヴェルシュが言っているような「感性学としての美学」は、もしそれが新しい認知科学や大脳生理学の知見をも取り入れて、認知や認識そのものの意味を問い直すことにまでつながるならば、大きな可能性をもっていると言えなくもない。
 だが、敢えて言うなら、新しい美学としてはそれでもまだ不十分なのである。なぜなら、右に述べてきたように、人間の行ってきたポイエーシスの秘密を解き明かすこと−−あるいは、むしろポイエーシスに含まれているさまざまな<襞>を解きほぐすこと−−こそが、従来の美学的営みの残してくれた最良の遺産なのであり、新しい美学は制作学=詩学として、その営みをポスト写真時代に出現したさまざまなポイエーシスの領域に拡張していくべきなのである。さらに言えば、システムの中に取り込まれ、プログラムに従ってゲームをすること以外に残されていないかのように見える現在におけるポイエーシスの中に僅かではあるが含まれている「自由」の可能性を解き明かしていかなくてはならないのではないだろうか。
 こうした意味での新しい美学は、もはやディシプリンとしての「美学」ではなく、認知科学や社会科学や歴史学などのさまざまな領域を横断的に結びつけていく複合的な言説となるだろう。それもいいではないか。いずれにしてもいまはハイブリッドの時代、シンクレティズムの時代なのだから……。(了)
新しい美学は生まれるだろうか? 初出「武蔵野美術」114:99.10

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 情報社会における「美学」とは?
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この問いに答えようとすることは、二〇世紀から二一世紀の変わり目におけるアートや文学について、さらには人間の文化全般の状況について考えるための基本的な諸前提を確認していくことにほかならない。
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○美学が暗黙の前提としてきた「芸術」や「文学」はいつのまにか知らないうちに「死んでいた」。
○正確には、ヨーロッパの近代文明が生み出したきわめて特殊でローカルな文化装置としての「芸術」や「文学」の社 会構造におけるステイタスが根本的に変質した。
○進歩主義的な歴史観やモダニズムや前衛の神話が崩壊した。
○芸術は「文化商品」となり、グローバル・スーパー・マーケットとして、流通する「コンテンツ」となっていった。
○60年代にモダニズムの水脈が枯れ果てた。
○美術や芸術の世界ではもはや方向性を伴う進歩主義的な歴史観は失われてしまった。
 「芸術の自律性」というモダニズムの神話は失われた。
<80年代:ポストモダニズムのさまざまな動き>
モダニズムの神話は失われ、芸術を成立させるために、それ以外の支持体を見つけなくてはならないということになってしまった。
以下のさまざまな動きは「自律的芸術の終焉」という事態に対応する動き(反動機制)として語れる。
○過去の様式や美術史それ自体を参照する「アートについてのアート」であるところのシミュレーショニズム、
○政治的/社会的メッセージを強調する動き、
○地域性や伝統をアピールする動き、
○工芸や民俗芸能、ポップカルチャーやファッションなどをアートの領域に持ち込む動き
それまでの美術史が広い大河の流れにたとえられるとするならば、それはデルタ地帯で細い蜘蛛の巣状の水路に分かれて流れるさまに似ている。だが、川や運河ならばそれはいずれ海へと流れていくのだろうが、この場合にはそれぞれ動きが方向を見失ってばらばらな方向に流れていき、どこに向かっているかすら分からないのだ。美学、もしくは芸術文化をめぐる言説は、その無数の水路に無理矢理道筋をつけるという不毛な努力に、その力を費やすことになった。
○ 80年代以降さまざまな人々の口から「芸術の終焉」や「美術史の終焉」という言葉が語られるようになった。近代的な意味での「芸術」や「美術」がそもそもは18世紀以降西ヨーロッパの一部の地域で制度化され、それらの国々の帝国主義的世界侵略と共に他の諸地域に広がっていったものである以上、それが消滅したり終焉を迎えたりしたとしても何らおかしくはない。
「自律的な美」という理念の喪失を、美術史への自己言及、政治的/社会的メッセージへの依存、地域性や伝統への依存、ポップカルチャーや非美術領域の導入などによって補おうとする動きなのである。
○一見美術の領域は拡大し、より豊かなものになったように見えるかもしれない。しかしながらそれらは、それら自身が失われた「美術」の意味=方向性の補填作業である限りにおいて、けっして美術を「再活性化」したり、立て直したりすることはできない。むしろ、それらの動きが覆い隠そうとしているものこそが重要なのではないだろうか。
 さらに80年代終わりの冷戦の終焉以降、世界はアメリカ合衆国を中心とする資本主義経済の単一の「世界市場」と化しつつあり、すべてはこの市場における価格や価値に変換されることによってしか価値を主張できないようになってきている。この市場で交換可能なものだけが重要なのだ。巨額のフローティング・マネーが世界の主要な株式取引所でやり取りされており、通常の国家予算を遥かに越える金額が投資ゲームに投入されることによって、世界中の人々の生活や運命に大きな影響を与えている。それは単に経済活動の領域ばかりではなく、各国の教育や行政のあり方にまで大きな影響を与えているのである。すべてを数値的な基準によって評価しようとする一元的な管理システムがあらゆるローカルな社会の中に組み込まれ、それらはデータベースに書き込まれる形に変形されてしまい、そこに入らないものは外部へと排除されることになる。

○狭い意味での「芸術」??
西ヨーロッパの市民社会が築き上げ、アメリカ合衆国が巨大な「市場」に作り替えてきた文化制度としての「芸術」が瀕死の状態であること、あるいは既に死亡してしまっているということはさっさと認めてしまっておいた方がいいのかもしれない。
○「コンテンツ・ビジネス」養成という国の経済政策
芸術文化商品にどれだけ多くの言説が費やされるか、またどういう場所でそれらの言説が流通するかということは、その文化的ソフトの経済価値で測られる。東京芸術大学が映画産業と結びついて商業映画を作ろうとすることや、大学に映画学科やアニメ学科やマンガ学科を作り出そうという動きは、「コンテンツ・ビジネス」養成という国の経済政策と結びついているのである。
○もっとも重要なこと
可能な限りグローバルなスーパー・マーケットの外側に、あるいはその境界線上に、別なコミュニケーションの回路を作り出していくことがもっとも重要なことなのである。私はそれを「批判」と「想像力」の回復の問題であると思っている。
○正当性は現在のわれわれを取り巻いている偶発的な「システム」にすぎない。つまりそれは、冷戦後のグローバル・システムというOSの上で成り立っているアプリケーションにすぎず、そのOSの外側には実は広大な別の現実が広がっているのである。
○ もはや、破壊的でスキャンダラスなアヴァンギャルド・アートは存在せず、かつてスキャンダルだったという付加価値をもつ文化商品があるだけだ。テロリズムや戦争やホームレスや難民や第三世界の争乱などといった現在のシステムの本当に外部にあるものは、いずれ政治的、軍事的、経済的に支配的なグローバル・システムの中に回収されるだろうと曖昧に信じ込み、眼に見える美術館や書籍や教科書や公認されたメディアの中にのみ??つまり、グローバル・スーパー・マーケットの中にだけ「芸術文化」を見いだそうとしても、そこにはけっしてかつてのアヴァンギャルドが持っていたような破壊的で解放的な力は見いだせないだろう。それらは所詮バーコードで管理される「コンテンツ」にすぎない。
○タワーレコードやツタヤには売っていないし、将来にわたって売られることはない文化、あるいは反文化を見いだすことはできないのだろうか。それを是非私よりも若い世代に考えてほしいし、実践してほしいと思っている。
<そして美学の行方は?>
○ 私はとりわけ「美学」を立て直したり、新しい「美学」を打ち立てたり、「美学」の可能性を探ったりする必要は感じないし、だからと言って、それを打ち倒したいとも思っていない。ことさら、美学者の立場から何かを言いたいとも思わないし、別に美学会がなくなっても平気である。そうしたディシプリンが問題なのではなくて、いかにしてそのような言説装置を批判の回路を開く「口実」として、あるいは想像力に対する管理と抑圧に抵抗する「口実」として有効利用することができるかということだけが重要であり、こうして今私が具体的なみなさん方に向かって話しているという「現場」が重要なのだ。私にとって重要なのはそのような「場所」を、ここばかりではなく、大学の教室や酒場や喫茶店や学会などの至る所に具体的に見いだし、作り出して行くことである。それは言い換えれば、私が普通に日常生活をしていくということにすぎないし、それに尽きてしまうようなことでもある。こうした具体的な日々の実践の領域から美学や哲学を切り離してはならないと私は思っている。
○ その点で私はまだアーティストや美学者、もしくは知識人としての個人にはけっして絶望していない。これらの人々の共同体の中に現在も尚、残されているシステムへの抵抗や批判の回路を身近なところから、いかにして救い出していくかということが現在の私の一番の関心事だ。 
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http://www.bekkoame.ne.jp/~hmuroi/bigaku.html
http://www.bekkoame.ne.jp/~hmuroi/
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研究メモ この頁全ては暫定データです。
     (研究中につき準非公開 )
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 参考データ スタッフ ターゲット
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 人工統覚知能分野
内藤祐介
人工生命研究所  ロボット事業体

研究活動概要 常に未知領域へパイオニアたらんとする挑戦者の姿勢が好ましい。
ナレッジメントにおける人工知能他、ハードからソフトまで

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http://www.l.u-tokyo.ac.jp/publication
/nenpo08/nenpo8.3.09Akokugo.html
 美学藝術学
 藤田 一美  FUJITA, Kazuyoshi
研究活動概要
   主たる研究領域は、古代ギリシア哲学(ヘラクレイトス、プラトン、アリストテレスなど)、中国哲学(孔子、老子、荘子、朱子など)、ドイツ近代・現代哲学(カント、ニーチェ、ハイデッガーなど)、日本の思想・歌論・能楽論(貫之、定家、世阿彌、宣長など)、中国の文藝論(とりわけ『文心雕龍』に至る詩論史や画論、書論など)である。/研究の基本は、各々の思想の生活圏である歴史的トポスにおける出来事としての思想や理念についてのエートス論を含む存在論的・体系的考察である。/方法論的には、それぞれの歴史的テクストを<世界>という<究極的な基体>における多様な<世界述語>=<世界例示>として動的=歴史的に相対化し、同化と異化の弁証法的運動のうちにその生成の意味を認めつつ相関させてゆくことを基本的方法とする。/年来の課題は、上記研究領域の研究を深めつつ、とくに<相応>という観点から、価値論・藝術論を含む<存在論>を体系化してゆくことである。その課題の達成にはなお多くの関門があるが、それなりの歩みは進めている。とりわけこのところは存在論的目的論における価値論の研究およびアリストテレスの詩学を主たる対象としたミーメーシスとしてのポイエーシスやエイコーンとしての詩的世界の存在論的研究を並行して行っており、その成果はそのつど論文として発表を続けている。加えて、とくにここ数年は幕末から明治初期におよぶ啓蒙思想における美学の成立過程を西周の思想的環境を中心として考察している。

研究業績
「藝術の存在論 −世界述語としての藝術存在」(多賀出版、1995年頁)
・「カロカガティア系譜考 −その予備的考察(一)」(『美学藝術学研究』20、2002年3月、1-81頁)
・「カロカガティア系譜考 −その予備的考察(二)」 「近代日本の美学」(佐々木健一編)所収、2004年、1-37頁
古典詩学の哲学的環境(共)(1)(2) / Platon: Respublica(共)(1)(2) / Rilke: Auguste Rodin 美学藝術学課程主任

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 日本語日本文学(国語学)
鈴木 泰  SUZUKI,Tai
研究活動概要
 a 専門分野 日本語学・文法論・文法史
 b 研究課題
   古代日本語のテンス・アスペクト
   古典語語彙の計量的研究
   研究プロジェクト
   『今昔物語集』および中世前期諸作品の語彙の計量的研究
   『今昔物語集』のKWIC作成の原理的問題とその意味・文法論的利用の可能性
 c 主要業績 (1) 学術論文(過去2年間)
  2004,6「テンス・アスペクトを文法史的にみる」『朝倉日本語講座6文法U』朝倉書店 pp.114-134

  2004,8「日本語の時間表現」『日語日文学研究』50(韓国日語日文学会)19-28p
  2004,9「古代日本語におけるテンス・アスペクト体系とケリ形の役割」『飛田良文先生退任記念論集』東京堂pp.427-441

  2004,12「『見ゆ』と『見えたり』のちがいについて」紫式部学会『むらさき』41集 68‐72
  2005,7「テンス・アスペクト研究と連語 ―古代日本語の『思ふ』」『国文学 解釈と鑑賞』 (70-7) pp.166-180
  2005(印刷中)「訓点資料における『いへり』と『いふ』」『築島裕博士傘寿記念国語学論集』(汲古書院)

  2005(印刷中)「古代日本語の心理表現における恒常性と具体的過程性」『ことばの科学11』(むぎ書房)
 (2) 学会発表その他(過去2年間)
  2004,6「日本語の時間表現」韓国日語日文学会主催 国際学術大会「21世紀における日本研究の争点と課題」講演、韓国、釜山
  2004,6「特徴語彙から見た古典作品」韓国高麗大学学術講演会
  2005,2「連語論研究大会」シンポジウム司会(大東文化大学)
  2005,4「古代日本語における心理活動の表現」東京大学国語国文学会講演
  2005,4「日本語研究の方法と動向」「特徴語彙から見た日本古典文学作品」外国語学院語言学与応用語言学論壇(中国・中山大学)

  2005,6 「現代日本語の時間表現について」日本語学国際学術研究会講演(台湾・大葉大学)
3.主な教育活動
  (1) 講義・演習題目
   学部:国語学特殊講義「古代日本語のテンス・アスペクト」、国語学演習「古代日本語の連語論的研究」,卒業論文指導
   大学院:日本文化研究特殊研究「古代日本語文法史」,修士・博士論文指導
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 日本語日本文学(国語学)
 井島 正博  IJIMA, Masahiro
研究活動概要
 a 専門分野
   日本語学 日本語文法および言語理論
 b 研究課題
   言語理論および日本語文法の研究をテーマとしている。これまでに、格構造(受身文、使役文、可能文、授受動詞構文)、テンス・アスペクト構造、言語行為構造(推量文、疑問文)、談話構造、中でも情報構造・視点構造(テンス、授受動詞構文)・期待構造(否定文、数量詞、限定表現、条件文)など、日本語文法をできる限りグローバルにとらえられる枠組を求めて考察を進めてきた。
   現在は、コミュニケーション行為構造の分析に力点を置きつつ、近年の有力な言語理論の批判的検討を通して、理論的全体像を模索している。今後は全体理論の完成に向けて考察を続けるとともに、これまでテンス以外は現代語中心であったので古典語にも考察を広げていきたい。

 c 主要業績
 「中古和文の時制と語り ―『今は昔』の解釈におよぶ―」(『日本語学』24巻1号,2005年1月)
 「モの機能と構造 上」(『武蔵大学人文学会雑誌』36巻3号,2005年1月)
 「モの機能と構造 下」(『成蹊大学文学部紀要』40号,2005年3月)
 「変化動詞文の格構造」(『日本語学論集』創刊号,2005年3月)
 「古典語完了助動詞の研究史概観」(『成蹊大学一般研究報告』36巻,2005年9月)

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 日本語日本文学(国語学)
助教授 尾上 圭介  ONOE, Keisuke
研究活動概要    人文社会系研究科
 概要と自己評価
 (1) 言語表現の文法的構造とそれが結果として持つ意味,表現性との関係を論理的に明らかにすることを課題とし,具体的には,(イ)助動詞を含む述定形式の文法的性格とその意味との関係(モダリティ,テンス,アスペクトを含む),(ロ)平叙文・疑問文・命令文・感嘆文の文の種類の本質とその表現性との関係,(ハ)係助詞の文法的性格と文中での表現性との関係,(ニ)主述関係を中心とする文の格的構造と文の表現的断続構造との関係,などについて研究している。
(イ)に関しては,現代語の個々のモダリティ形式の叙法的性格とそれらの全体組織について私なりの最終的な結論を得るとともに,古代語のモダリティ形式についてもその叙法的性格の全体像をほぼ描くことができた。また,テンス・アスペクトに関しても独自の見解を(公開講義等で)発表することができた。これらに(ロ)に関する論文を加え、まとめて2001年に個人の論文集の形で刊行することができた。
(ハ)(ニ)に関しては,1996年度と2000年度の講義で「受身・可能・自発」文の格的構造の特殊性を明らかにすることができ,これをもっていわゆる「ハとガの問題 −主語と題目語と現代語の係助詞の機能に関する問題−」全体についての最終的な見解を得ることができた。主語・題目語に関しては、尾上編『朝倉日本語講座6巻文法U』所収の論文「主語と述語をめぐる文法」において、私の研究の現段階の全体像を概観的にまとめることができた。(ハ)(ニ)の領域に関する論文を全て含む論文集を2005年10月に刊行する予定であり,「受身・可能・自発」文の構造を多角的に分析した一書を2006年3月に刊行する予定である。
 (2) 大阪方言のディスコースの特徴,表現上の特徴という観点から,大阪の文化のあり方を照射しようとしている。この問題に関しては、これまでの検討の結果をまとめて1999年3月に単行本として出版した。
 c 主要業績
   (1) 著書・編著書など
 −単著−
 『大阪ことば学』(創元社、1999年3月)(講談社文庫、2004年6月)
 『文法と意味I』(くろしお出版、2001年6月)
 『文法と意味II』(くろしお出版、2005年10月刊行予定)
 −編著−
 『朝倉日本語講座6巻・文法U』(尾上圭介編、朝倉書店、2004年6月)
 『ラレル文の研究』(尾上圭介編、くろしお出版、2006年3月刊行予定)
 (2) 学術論文(雑誌掲載および編書収録)
 −論文−(1995年4月〜2006年3月)
 「『は』の意味分化の論理」(言語24巻11号、1995年11月)
 「文をどう見たか −述語論の学史的展開−」(日本語学15巻9号,1996年8月)
 「文法を考える:主語(1)〜(4)」
  (日本語学16巻11号,12号、17巻1号、3号、1997年10月〜1998年3月)
 「国語学と認知言語学の対話1:主語をめぐって」(共著、言語26巻12号、1997年11月)
 「国語学と認知言語学の対話2:モダリティをめぐって」
  (共著、言語26巻13号、1997年12月)
 「文法を考える:出来文(1)〜(3)」
  (日本語学17巻7号、10号、18巻1号、1998年6月〜1999年1月)
 「二重主語とその周辺:日中英対照」(共著、言語27巻11号、1998年11月)
 「文の構造と“主観的"意味 −日本語の文の主観性をめぐって・その2」
  (言語28巻1号、1999年1月)
 「一語文の用法 −イマ・ココを離れない文の検討のために−」
  (東京大学国語研究室創設百周年記念国語研究論集)、1999年1月)
 「文法を考える:述語の種類(1)」(日本語学18巻8号,1999年8月)
 「落語の<下げ>の談話論的構造」(日本語学18巻11号、1999年10月)
 「南モデルの内部構」造」(言語28巻11号、1999年11月
 「南モデルの学史的意義」(言語28巻12号、1999年12月)
 「文の形と意味」(別冊国文学No.53、中村明編『現代日本語必携』、2000年)
 「係助詞の二種」(国語と国文学79巻8号、2002年8月)
 「話者になにかが浮かぶ文 −喚体・設想・情意文・出来文−
  (言語31巻13号、2002年12月)
 「ラレル文の多義性と主語」(言語32巻4号、2003年4月)

 −書評−
 「青木伶子著『現代語助詞「は」の構文論的研究』」(国語学51巻2号、2000年9月)
 −学術講演−
 ・東京言語研究所2004年度春期特別講座「日本語文法理論」(2004.4.24)
 ・日本言語学会夏期講座「述語論の構造」(2004.8.24〜8.29)
 ・フランス語談話会講演「日本語述定文・非述定文」(2004.10.23)
 ・東京言語研究所2005年度春期特別講座「日本語文法理論」(2005.4.24)
 ・文法学研究会2005年度連続公開講義第1回「文に主語はなぜあるのか 
  −文の種類と主語規定−」(2005.5.21)
  −学会発表−
 ・日本語文法学会大会パネルセッション「主語と題目語の関係」

 (代表者、尾上)における発表「主語と題目語の相違と近接性」(2004.11.28)
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     (研究中につき準非公開 )
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 ふだんからなじんでいる裏手の山や前浜の海など、身近な自然やジブンの身体は、すでに了解済みの「空間」のなかに、疑うこともなく自明に存在している。
 「歌座(うたくら)」では、
「こと」「もの」が生成流転しているこの無意識空間を検証し、未来を開いていくにふさわしいわたしたち固有の視座を形成していきたい。その方法として先づ、わたくしたちのなにげなく使っていることば、そこに内在しているロゴスの固有の働きを解明したいと願う。とくに詩歌の韻文に働くチカラの分析、検証には重点をおきたい。
  国際化時代、他言語他文化を理解する上で必要なことは、
まず、自分たちのことばで自分たちの文化を深く掘り下げることだろう。自分たちをよく知ることで相手のこともよく理解できる。そこで、韻文空間の座標軸確定に際しては、わたくしたち固有の文体からの発現を最重要視していきたい。その意味で、キーワードや、基本コンセプトに関しては、印・欧・中の用語使用をできるだけ控え、いまも普段に使用されている古くから伝わる「ことば」や古典の「ことば」自体が本来もっている意味や関係性を手掛りにしていきたい。
 万葉集はじめ、多くの歌仙の歌、俳諧、詩、J-POPまでのこれら「韻文」は、ながい時の熟成により、先人より受け継いできた身体空間や歴史、自然空間と昇華され、「わたくしたち」の空間システムの原型となり、具体的な血肉となっている
あるいは、わたくしたち自身をさえ紡ぎだしてくれている。

 
歌座(うたくら)のこの作業が、次の時代を観ていく上で、
あたらしく統括的な視座へと育っていくことを希う。  
                                                                         歌座(うたくら)編集部歌座(うたく
            
美学研究所 


我文部省の仮名遣改定案は既に山田孝雄よしお氏の痛撃を加へたる所なり。(雑誌「明星」二月号参照)山田氏の痛撃たる、尋常一様の痛撃にあらず。その当に破るべきを破つて寸毫の遺憾を止めざるは殆どサムソンの指動いてペリシデのマツチ箱のつぶるるに似たり。この山田氏の痛撃の後に仮名遣改定案を罵らむと欲す、誰か又蒸気ポンプの至れる後、龍吐水を持ち出すの歎なきを得むや。然れども思へ、火を滅せむには一杓の水も用なしとさず。況や一条龍吐水の水をや。是僕の創見なきを羞ぢず、消防に加はらむとする所以なり。

我文部省の仮名遣改定案は漫然と「改定」を称すれども、何に依つて改定せるかを明らかにせず。勿論政府の命ずる所の何に依るかを明らかにせざるは必しも咎むべからざるに似たり。僕は銀座街頭を行くに常に左側を通行すれども、何に依つて右側を歩まず左側を歩むかを明らかにせず。然れども左側を歩む所以は便宜に出づることを信ずればなり。

試みに僕等に命ずるに日比谷公園の躑躅を伐り、家鴨を殺すことを以てせよ。誰かその何の故に伐り何の故に殺すかを問はざらむや。即ち政府の命ずる所の何に依るかを明らかにせざるは必しも咎むべからずと雖も、まづその便宜に出づる所以を僕等「大みたから」に信ぜしめざる可らず。仮名遣改定案を制定したる国語調査会の委員諸公は悉聡明練達の士なり。何ぞこの明白なる理の当然を知らざることあらむや。然らば諸公は仮名遣改定案の便宜たるを信ずるのみならず、僕等も亦便宜たることを信ずること、諸公の如くなるを信ずるなるべし。諸公の便宜たるを信ずるは諸公の随意に任ずるも可なり。然れども僕等も諸公の如く便宜たることを信ずべしとするは――少くとも諸公の楽天主義も聊か過ぎたりと言はざるべからず。

僕は勿論仮名遣改定案の便宜たることを信ずる能はず。仮名遣改定案は――たとへば「」「」を廃するは繁を省ける所以なるべし。

然れども繁を省けるが故に直ちに便宜なりと考ふるは最も危険なる思想なり。天下何ものか暴力よりも容易に繁を省くものあらむや。若し僕にして最も手軽に仮名遣改定案を葬らむとせむ乎、僕亦区々たる筆硯の間に委員諸公を責むるに先だち、直ちに諸公を暗殺すべし。僕の諸公を暗殺せず、敢てペンを駆る所以は――原稿料の為と言ふこと勿れ。――一に諸公を暗殺するの簡は即ち簡なりと雖も、便宜ならざるを信ずればなり。「」「」を廃して「」「」のみを存す、誰か簡なるを認めざらむや。然れども敷島のやまと言葉の乱れむとする危険を顧みざるは断じて便宜と言ふべからず。国語調査会の委員諸公は悉聡明練達の士なり。あに陽に忠孝を説き、陰に爆弾を懐にする超偽善的恐怖主義者ならむや。しかも諸公の為す所を見れば、諸公の簡を尊ぶこと、土蛮の生殖器を尊ぶが如くなるは殆ど恐怖主義者と同一なり。雑誌「明星」同人は諸公を以て便宜主義者と做す。(雑誌「明星」二月号所載)便宜主義者乎。便宜主義者乎。僕は寧ろ諸公を目するに不便宜主義者を以てするものなり。



 071028
研究メモ (この頁全ては研究中につき非公開 )

 ■ AI導入の件 ■
 ・ 人口知能で、ジャンル別に、経験分担したサーバーが ・
 ・ ジブンをサポートしてくれるシステム ・

・ 基本的には、いま、やっていることと同じだが、その程度と、質 ・
・ その方法論の意識化において異なっている ・

   ○ joinnt先が決定 人工知能分野で有望な提携先だ ○ 

 ・ 日常感覚の余韻、引きずり、重なり を躊躇わず ・
・ かたちにしていく ・
  夢のうちの夢という「夢の入れ子」構造を、セルの基本とする ・
  ミクロまで構造もたせることで、現代のモナド論とする ・
  ここが歌枕とか、定型歌、日本思想のイデア構造の根本だ ・ 
  イデアの構造をもった「場」のなかへ、事象を収めれば ・
  強い了解や会得、納得性というものが生じてくる ・

 それが、「時間」というもののの正体である ・

統覚型 コンピュータ

aibit  特殊研究用
    統覚システム

 
・  全て、オープンソースすること ・
・  権利、主権の概念否定システム ・

 


やみ路よりやみ路に通ふ我れなれば月の名をさへ聞きわかぬなり

百草の花の盛はあるらめど下くたちゆく我れぞともしき

とこしへにたづねに立たばけだしくもうまさびせんと人のいふらんか

おほにおもふ心を今ゆうちすててをろがみませす月に日にけに

かくあらんとかねて知りせばなほざりに人に心は許すまじものを

うちつけにうらやましくぞなりにける峰の松風岩間の瀧津

越の海人をみるめはつきなくに又かへり來んと言ひし君はも

夕顏も絲瓜も知らぬ世の中は只世の中にまかせたらなん

なには江のよしあし知らぬ身にぞあれば阿の二字はありと聞けども

いづみなる信太が森の葛の葉の岩のはざまにくち果てぬべし

おく山の草木のむたにくちぬともすてしこのみをまたやくたさん

古にありけん人も我がごとやものの悲しき世を思ふとて

同じくはあらぬ世までもともにせん日は限りありことは盡きせじ

知る知らぬ行くもかへるももろともに我が古里へ行くといはまし

夕かげの花より君が色ふかき言ばを神もうれしとや見ん

 



いづこへも立ちてを行かん明日よりは烏てふ名を人のつくれば

いざさらば我れもやみなん九のまり十づつ十をももと知りなば

いざなひて行かば行かめど人の見てあやしめ見らばいかにしてまし

いざさらば我れはかへらん君はここにいやすくいねよ早明日にせん

沖つ藻のかよりかくよりかくしつつ昨日もくらし今日も暮しつ

さしあたる其の事ばかり思へただかへらぬ昔知らぬ行末

つきて見よひふみよいむなここのとを十とおさめて又はじまるを

あしびきの山の椎柴折りたきて君と語らん大和ことの葉

いでことばつきせざりけりあしびきの山のしひしば折りつくすとも

君やわする道やかくるるこの頃は待てど暮らせど音づれのなき

かりそめのことと思ひそこの言葉ことの葉のみとおもほゆな君

心さへかはらざりせばはふ蔦のたえず向はん千代も八千代も

ゆめの世に且つまどろみてゆめを又かたるも夢もそれがまに/\

つの國の浪華の事はいさ知らず草のいほりに今日も暮らしつ

我文部省の仮名遣改定案の便宜に出づることを認め難きは上に弁じたる所なり。卒然としてこの改定案を示し、恬然として責任を果したりと做す、誰か我謹厳なる委員諸公の無邪気に驚かざらむや。然れども簡を尊ぶは滔々たる時代の風潮なり。甘粕大尉の大杉栄を殺し、中岡艮一こんいちの原敬を刺せるも皆この時代の風潮に従へるものと言はざるべからず。然らば我委員諸公の簡を愛すること、醍醐の如くなるも或は驚くに足らざるべし。むべなるかな、南園白梅の花、寿陽公主の面上に落ちて、梅花粧の天下を風靡したるや。然れども仮名遣改定案は単に我が日本語の堕落を顧みざるのみならず、又実に天下をして理性の尊厳を失はしむるものなり。たとへば「」「」を廃するを見よ。「」「」にして絶対に廃せられむ乎。「常々小面憎い葉茶屋の亭主」は「つねずねずら憎い葉じや屋の亭主」と書かざるべからず。「つね」の「づね」に変ずるは理解すべし。「ずね」に変ずるは理解すべからず。「毛脛」を「けずね」といふよりすれば、「つねずね」亦「常脛」ならざらむや。「小面」の「ずら」も亦然り。若し夫「葉じや屋」に至つては、誰か「茶屋」を「ちやや」と書き、「葉茶屋」を「葉じや屋」と書かむとするものぞ。これを強ひて書かしめむとするは僕等の理性の尊厳を失はしめむとするものなり。東京人の発音の不正確なる、常に「」と「」とを分たず、「」と「」とを分たざるは事実たるに近かるべし。然れども直ちにこれを以て「」「」を廃し去るも可なりと言はば、天日豈長安よりも遠からむや。国語調査会の委員諸公は悉聡明練達の士なり。理性の尊厳を無視するの危険は諸君も亦明らかに知る所なるべし。然れども諸公の為す所を見れば、殆ど地球の泥団たるを信ぜず、二等辺三角形の頂角の二等分線は底辺を二等分するをも信ぜざるに似たり。雑誌「明星」同人は諸公を以て「新しがり」と做す。「新しがり」乎。「新しがり」乎。僕は寧ろ諸公を目するに素朴観念論に心酔したる原始文明主義者を以てするものなり。

我文部省の仮名遣改定案は金光燦然たる一「簡」字の前に日本語の堕落を顧みず、理性の尊厳をも無視するものなり。我謹厳なる委員諸公は真にこの案を小学教育に実施せむとするものなりや否や。否、僕はこの案の常談たることを信ずるものなり。若し常談たらずとすれば、実施するの不可は言ふを待たず、たとひ実施せずとするも、我国民の精神的生命に白刃の一撃を加へむとしたるの罪は人天の赦さざる所なるべし。我国語調査会の委員諸公は悉聡明練達の士なり。何ぞ大正の聖代にこの暴挙を敢てせむや。僕は正直に白状すれば、諸公の喜劇的精神に尊敬と同情とを有するものなり。然れども、語にこれを言はずや、「常談にも程がある」と。僕は諸公の常談の大規模なるは愛すれども、その世道人心に害あるの事実は認めざる能はず。

我日本の文章は明治以後の発達を見るも、幾多僕等の先達たる天才、――言ひ換へれば偉大なる売文の徒の苦心を待つて成れるものなり。羅馬は一日に成るべからず。文章亦羅馬に異らむや。この文章の興廃に関する仮名遣改定案の如き、軽々にこれを行はむとするは紅葉、露伴、一葉、美妙、蘇峯、樗牛、子規、漱石、鴎外、逍遥等の先達を侮辱するも甚しと言ふべし。否、彼等の足跡を踏める僕等天下の売文の徒を侮辱するも甚しと言ふべし。僕等は句読点の原則すら確立せざる言語上の暗黒時代に生まれたるものなり。この混沌たる暗黒時代に一縷の光明を与ふるものは僕等の先達並びに民間の学者のわづかに燈心を加へ来れる二千年来の常夜燈あるのみ。若しこの常夜燈にして光明を失はむ乎、僕等の命休すべく、日本の文章衰ふべし。我謹厳なる委員諸公は僕等の命休するも泰然たらむは疑ふべからず。(同時に又僕等の墓上の松颯々の声を生ずるの時に当り、僕等の作品を教科書に加へ、併せて作者の夢にも知らざる註釈を附せむも疑ふべからず。)然れども思へ。中堂の猛火、東叡山の天を焦がしてより日本の文章に貢献したるものは文部省なるか僕等なるかを。明治三十三年以来文部省の計画したる幾多の改革は一たびも文章に裨益したるを聞かず。却つて語格仮名遣の誤謬を天下に蔓延せしめたるのみ。その弊害を知らむとするものは今に至つて誤謬に富める新聞雑誌書籍等――たとへば僕の小説集を見るべし。しかも文部省はこれを以て未だその破壊慾を満たしたりと做さず、たとひ常談にも何にもせよ、今度の仮名遣改定案を発表したるはかの爆弾事件なるものと軌を一にしたる常談なり。僕は警視庁保安課のかかる常談を取締まるに甚だ寛なるを怪まざる能はず。

僕は勿論山田孝雄氏の驥尾に附する蒼蠅なり。只雑誌「明星」の読者を除ける一天四海の恒河沙人は必しも仮名遣改定案の愚挙たるを知れりと言ふべからず。即ち予言者ヨハネの如く、或は救世軍の太鼓の如く山田氏の公論を広告するに声を大にせる所以なり。然れども野人礼にならはず、妄りに猥雑の言を弄し、上は山田孝雄氏より下は我謹厳なる委員諸公を辱めたるはその罪素より少からず。今ペンを擱かむとするに当り、謹んで海恕を乞ひ奉る。死罪々々。


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          歌座 美学研究所
               2007年10月28日
       問い合わせ :長谷川 有  
       E-mail : hasegawa@utakura.com

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